夢を描ける人であれ

過去から学び、今日のために生き、未来に対して希望をもつ

 ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
の写真 後列左(PC版で見てね)

オーギュスト・ピカール
バックトゥーザ・フューチャーのドクみたいなおじさん。

1884年、スイスのバーゼルのフランス系の家庭に生まれた。化学者で冒険家のジャン・フェリックス・ピカール(英語版)は、一卵性双生児の実兄。

少年時代から科学に興味を示し、チューリッヒ工科大学で学んだ後、1922年にブリュッセル自由大学の物理学教授に就任した。同年、息子ジャック・ピカールが誕生。

1931年5月27日、宇宙線やオゾンを研究するために、自らが設計し、ベルギー国立科学研究基金(FNRS)からの資金援助を受けて製作した水素気球FNRS-1に乗ってドイツのアウクスブルク上空16,000 mの成層圏に達した。これは世界初の気球による成層圏到達であり、ピカールはこの業績によりハーモン・トロフィーを獲得した。この気球は直径30 mと大型のもので、地上と上空の気圧の差を巧みに利用したものであった。

1932年8月18日にはFNRS-1で自らの高度記録を更新している。彼はその後も気球に乗り続け、計27回の浮上の最高記録は23,000mであった。

1930年代からは深海への到達を志すようになった。第二次世界大戦のため研究の遅れもあったが、1948年、気球の原理を応用し、浮力材にはガソリンを用いて電気推進式の深海探査艇(バチスカーフ)を発明した。

1962年、スイスのローザンヌで死去。(出典 Wikipedia)

↑  ↑  ↑  ↑  ↑ の写真(PC版で見てね)


これは
1927年10月に開催された第5回ソルベー会議の写真。
物理学と科学を議論する世界的会議で、第5回の主
題は「電子と光子」でした。


後列)ピカール /E .henriot/ ポール・エーレンフェスト/ Ed .Herzen/ テオフィル・ド・ドンデ/ シュレーディンガー/J.E .Verschaffelt/ パウリ/ ハイゼンベルク/ R .H .Fowler/ レオン・ブリユアン

(中央)デバイ/クヌーセン/ ローレンス・ブラッグ/クラマース/ ディラック/ コンプトン/ ド・ブロイ/ ボルン/ ボーア

(前列)ラングミュア/プランク/ マリ・キュリー/ ローレンツ/ アインシュタイン/ ランジュバン/ Ch.E.Guye/ ウイルソン/ リチャードソン



月例競技 結果ほ〜こ〜く‼️

水ノ上 85

角谷  113

永幡  102

以上です😃👍

このページのトップヘ